2010年02月01日

ストローブ=ユイレ「アンティゴネー」のDVDに付された字幕について(1)

 ストローブ=ユイレの「ソポクレスの《アンティゴネ》のヘルダーリン訳のブレヒトによる改訂版1948年(ズーアカンプ社)」のDVDが、紀伊國屋書店から発売されて、やがて2年になろうとしている。昨年の6月にその日本語字幕を原文と照らし合わせる作業を終え、いくつか本当に大切なことに気付いたのだけれど、発表の下準備を済ませただけで、公開の機会を持てずにいた。2月を迎え、受験指導の方もようやく少し落ち着いてきたので、小出しにではあるが、上記のDVDの字幕が、いかほどまでにストローブ=ユイレの映画を破壊しているのかを明らかにしていきたい。さらには、字幕製作者が参考にしたと思われる、「ソポクレスの《アンティゴネ》のヘルダーリン訳のブレヒトによる改訂版」の邦訳がそもそも、決定的なまでにブレヒトの戯曲を破壊してしまっている点も、同時に明らかにできたらと思う。

 まずは映画の最終場面に付された以下の字幕をご覧あれ。これを目にした瞬間、僕のダイモンは僕の耳元で、「なんなのこれ。ぜんぜん分かってないじゃん。」とささやいた。
我ら(=老人たち)もやはり
(=クレオン)の後に従っていこう
あの世まで―
我らを強制する手は 切り落とされ
もはや我らを打つことはない―
全てを見通した彼女(=アンティゴネー)
敵を助けただけだった
今にも敵は 我らを殲滅するだろう
なぜなら時は短く
宿命が我らを取り囲む―
時間は余りに足りぬ
何も考えず安逸に生きたり
邪悪な行いに忍耐を重ねて
賢明に老いゆく暇はない
 この字幕を作成したのは渋谷哲也氏であるが、彼の字幕が公開される以前に、「ブレヒト戯曲全集〈別巻〉」において、岩淵達治氏による以下の翻訳が公開されている。ちなみにこれを目にした瞬間も、僕のダイモンは僕の耳元で、「なんなのこれ。ぜんぜん分かってないじゃん。」とささやいた。
我らもやはり
これからみな王の後に従っていこう。
あの世への道だ。
我らを強制した手は
もう切り落とされて我らを
打つことはできぬ。だがすべてを明察した彼女も
結局は敵を助けることになっただけだった、敵は
もう現われて我らを殲滅するだろう。なぜなら時は短く
我らは宿命に四方から包みこまれ、
時間はもう限られていて
何も考えず安逸に暮らしたり、忍耐を重ねたり罪過に走ったり
老いて賢明になる暇などないのだ。
 ところで、「ソポクレスの《アンティゴネ》のヘルダーリン訳のブレヒトによる改訂版」の初訳者は岩淵氏ではない。1977年にはすでに以下の翻訳が存在していた。僕のダイモンはこれを目にして、やっぱり僕の耳元で、「なんなのこれ。ぜんぜん分かってないじゃん。」とささやいたのだけれど。
我らも又、
あの男の後について行こう、
あの世の底へと。
我らを無理強いした手は
打ち落されて、もはや我らを
打ちのめしはしない。だがあの女、すべてを悟りはしたが、
ただただ敵を助けたばかり、その敵が
今や我らに攻め入ってすぐにも我らを皆殺し。なぜなら時は短く、
まわりには災いばかり。
だから何も考えずに生きのびたり、忍耐に忍耐を重ねたり、悪虐非道へ走ったり、
年とってからやっと賢くなったり、そんな余裕は決して人間にはないのじゃ。
 ちなみに、この井本道子/W・ミヒェル両氏による翻訳は「ここ」で読むことができる。

 上記の字幕、および翻訳の最大の難点がどこにあるかは、「抵抗」という言葉、および「アンティゴネー=抵抗者」の公式を理解する人々には、火を見るよりも明らかだろう。ただ残念なことに、この世に存在する多くの人々は、「紀伊國屋書店」、「岩淵達治」、「谷川道子」といった名声を前にして、おのれのダイモンの声に耳を傾けることを忘れてしまうのだ。

(2)に続く

(持田 睦)
posted by Uoh! at 01:17| Comment(0) | ユイレとストローブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。