2009年12月02日

第7話 波の泡

 以下に掲載するのは、パヴェーゼの『レウコとの対話』の第7話(1946年1月12日-19日筆)になります。舞台化の際には、この翻訳を下訳として、より適切な日本語に改める予定です。
(持田 睦)


波の泡
(09/12/4更新)

 クレテーの、そしてミノアのニンフ、ブリトマルティスのことは、カリマコスが語っている。サッポーがレスボス島出身のレズビアンであったことは、好まれない事実であるが、われわれがより悲しいこととみなしているのは、彼女が生きる望みを失ったという事実であり、その事実ゆえに、彼女は海のなかに、ギリシアの海のなかに身を投げる決心をしたのだった。この海には島が満ちあふれており、全島のなかでいちばん東方にあるキュプロスには、波から生まれたアプロディーテが身を寄せた。数多くの情事と大いなる不幸を見つめてきた海であった。アリアドネー、パイドラー、アンドロマケー、ヘレー、スキュラ、イーオ、カッサンドラー、メーディア、その名を挙げる必要があるだろうか? みなが海を渡り、そしてひとりよりも多くが、海のなかに残されたのだった。一面にわたり、精液と涙が溶けこんでいる海、そう思わずにはいられない。

(サッポーとブリトマルティスの対話)

サッポー: ここは単調だわ、ブリトマルティス。海って単調よ。あなた、ずいぶん長いことこんなところにいて、うんざりしないの?
ブリトマルティス: あなたが死すべき存在であったころは、こっちのほうがよかったくせに。あぶくを立てる、わずかばかりの波になるなんてことは、あなたたちにはもの足りないことなのね。そのくせ、あなたたちは死を、こういった死を求めてるんだから。あなたはどうして死を求めてたの?
サッポー: こんなふうになるなんて、知らなかったのよ。さいごにひとっ跳びしたら、すべてが終わるんだって思ってた。あこがれも、気がかりも、胸さわぎも、消えてしまうんだって。海が飲みこんでくれる、海が滅ぼしてくれる、そうわたしはじぶんに言い聞かせてたんだわ。
ブリトマルティス: 海のなかではすべてが死に絶え、そしてよみがえるのよ。あなたももうご存知のようにね。
サッポー: それで、あなたはどうして海を求めたの、ブリトマルティス―あなたったら、ニンフだったんでしょ?
ブリトマルティス: わたしはそんなもの、求めてなんかいないわ、海なんて。わたしは山の上で暮らしていたの。そして月の下を逃げたのよ、だれだかわからない、死すべき存在に追われながら。あなたはね、サッポー、わたしたちの森を知らないんだわ、海の上、ものすごく高く、切り立っている森を。わたしはひとっ跳びしたの、じぶんを救うために。
サッポー: それで、いったいなんのために、あなたを救うの?
ブリトマルティス: かれから逃げるために、わたしがわたしであるために。だって、そうしなきゃいけなかったんだもの、サッポー。
サッポー: そうしなきゃいけなかった? それほどまでに、あなたのお気に召さなかったのかしら、その死すべき存在は?
ブリトマルティス: 分からないわ、かれのこと、目にしたことなかったから。わたしに分かっていたのは、逃げなきゃいけなかったってこと、ただそれだけ。
サッポー: そんなことがありえるかしら? 日々の暮らしから、山から、草むらから離れ去る―大地から離れ去って、波の泡となる―すべては、そうしなきゃいけなかったから、ですって? そうしなきゃいけなかったって、なにから逃げなきゃいけなかったって言うの? あなたはそのなにかに欲求は感じなかったのかしら、そうしたものが、あなたを作りあげているものでもあったんじゃないのかしら?

(以下、未訳)

(翻訳・持田 睦)
posted by Uoh! at 12:53| Comment(0) | レウコとの対話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする