2017年08月16日

カルロ・ベルトラッツィの戯曲『我らのミラノ(貧しい人々)』の最終場面の翻訳を公開します

 ルイ・アルチュセールの論文「「ピッコロ座」、ベルトラッツィ、ブレヒト」で取り上げられている、カルロ・ベルトラッツィの戯曲『我らのミラノ(貧しい人々)』の最終場面となる第四幕第五場を翻訳しました。使用した原典は、「De Carlo Editore」から1980年に出版された「El nost Milan (La povera gent)」で、この原典には、ミラノ方言で書かれた『我らのミラノ』の標準イタリア語訳(ヴァレンティーノ・デ・カルロ訳)が掲載されています(最初入手したエイナウディ出版社の原典にはミラノ方言の台詞しか掲載されておらず、手も足も出ませんでした…)。

 ルイ・アルチュセールの論文「「ピッコロ座」、ベルトラッツィ、ブレヒト」を読む前に、あるいは読んだ後に、私の以下の翻訳を読んでいただけると、この論文の理解が深まることは間違いないと思います。たとえば、平凡社ライブラリーの『マルクスのために』に所収されている「「ピッコロ座」、ベルトラッツィ、ブレヒト」の翻訳の中には、「娼婦保護施設」という訳語が登場しますが、この訳語が論の理解を妨げる不適切な訳語であることもお分かりいただけるかと思います(この「保護施設」は娼婦限定のものでは決してありません)。また、アルチュセールが論中で用いる「幻想」という言葉の由来も、はっきりとお分かりいただけるのではないかと思います。

 本当は『我らのミラノ(貧しい人々)』の全幕を翻訳できればいいのですが、私のイタリア語力では、一つの幕の一つの場を翻訳するだけで、半月の時を必要としました(参照できる英訳、独訳、仏訳が見当たりませんでした…)。どなたかイタリア文学を研究なさっている方が、『我らのミラノ(貧しい人々)』の全幕を翻訳してくださると有難いのですが。もし、私の翻訳がそのきっかけになることがあったら、これ以上に嬉しいことはありません(私の手持ちの資料は提供いたします)。

 では、『我らのミラノ(貧しい人々)』の最終場面となる第四幕第五場をお楽しみください。



『我らのミラノ(貧しい人々)』

カルロ・ベルトラッツィ作/持田 睦訳


第四幕 夜間保護施設にて

 話はミラノ、夜間保護施設の女性区域の一部屋で展開する。時は1890年。

 夜の九時。待合室。舞台奥に主要な出入口。長椅子で囲まれている。中央に大きなテーブル。上から石油ランプが垂れ下がり、控えめで、揺らめく明かりが広がっている。右手には、側面に扉があり、「共同寝室」と書いてある。


第五場

 右手からニーナ(訳注・二十歳くらいの美しい女性、貧しい大道芸人ペッポンの娘)、前述の登場人物(訳註・ペッポンとジョヴァンナ〔訳注・夜間保護施設の職員〕)、そして舞台裏からの声。

 ペッポンは青ざめて、体を震わせている。乱れた髪の毛とあごひげ。明らかに、激しい動揺に襲われている。

ニーナ (入場、父を見る、衝撃を受けて)パパ!

ペッポン (震える声で)そうだ、私だ、お前に一言、言っておく必要があるんだ…

ピエリーナ (舞台裏から)このシーツは私のよ!

カテリーナ (舞台裏から)違うわ、私のよ!

ジョヴァンナ (右手の扉で)あの二人が喧嘩するなんて信じられない! 見に行ってきますね! (右手から去る)

ニーナ (父をじっと見つめながら、怖気づいて)何があったの?

ペッポン (間。娘の腕をつかむ、疑わしげに周囲を見回す、そして興奮して、極めて弱く)奴を殺したんだ!

ニーナ (絞り出すような声で)誰を?

ペッポン (陰気に)カルルー(訳注・トガッソという異名を持つ悪党、ニーナの交際相手)を!

ニーナ (息を詰まらせた叫び声で)何ですって?!

ペッポン (言葉を興奮で中断しながら)確かに殺した。正気を失ってしまったんだ! あの怪物は、笑っていた、奴のやり方で、私の前にやってきた、お前のお金を、まさしく私の鼻先で、揺れ動かしてみせるために、お前を殴ったと、私に言ってみせるために、そして、私は、正気を失ってしまったんだ。怖がらないでおくれ!(ニーナは恐れおののいて両手で顔を覆う。)今となっては、起きてしまったことは、起きてしまったこと! これから起きることは、これから起きることだ! 私は三時間、絶望した人間のように、走り続けていた、どこに向かっているのか、知らないまま、もはや何一つ、分からないまま! 私はすぐにでも、自首してしまいたいと思っていた、その時、お前のことを思い出し、最後の別れを、言いに来たくなったんだ!(間。ニーナには顔を上げる勇気がない。娘の沈黙に怖気づいて)ニーナ、私の顔を見てもくれないのかい? 怖いのかい?

ニーナ (半分落とした声で、頭を振りながら)いいえ…

ペッポン (悲痛に、変わらない低い声で)そうしたのはお前のためなんだよ。知っての通り、私は狂おしいほどお前を愛しているんだ!

ニーナ (嫌悪感を覚えているかのように、そして数多くの不運に打ち負かされているかのようにいらいらと、ほとんど呪いながら、隠れた怒りとともに)最低最悪な運命!

ペッポン ニーナ、私に何も言ってくれないのかい?(彼女を揺すぶりながら、動揺して)私の目を見てくれ、お前のお父さんのために一言も言葉がないのかい?!(ニーナは首を横に振る。ペッポンは彼女をじっと見つめる。間、そしてもっと強く)奴を愛していた、そうなんだな? 奴と一緒にいたかったんだな?!

ニーナ (途切れ途切れに、落ち着きなく、ひどく動揺して)あの人と?(発作的な笑いに駆られる。多大な苦しみとともに)殴りつけられるために? 盗っ人の人生を過ごすために? 空腹に耐えるために? ああ! 夢でもありえない! そのことなら、私も考えていたのよ!(恐ろしく)あんな風に続けていくよりも、サン・マルコの運河に身を投げるほうを選んでいたことでしょう!

ペッポン (不安とともに)それで?

ニーナ それで…私が自由になる方法、私はそれをもう見つけているの、間違いなく!(間。父親は彼女をより強い激しさでじっと見つめる。か細い声で)私は昨日決心したんだわ…

ペッポン (せき立てながら)何をすると決心したんだい?

ニーナ 昨日…(弱く)マルティーナのところに行ったの。

ペッポン (怖気づいて)お前がか?

ニーナ (彼を見ずに)ええ、まさしく私が! 彼女のところに行ったの、まさしく彼女のところに!…

(長く、苦悩に満ちた間。)

ペッポン (感情の高ぶりに襲われる。娘に近づく。最初のうちは口ごもる、言葉が見つからない、それから、涙ながらに言葉を、自分にとっていちばん神聖なものを傷つけられた人のような声で口にする。真なる誠実な庶民の誇りをもって)ニーナ! 私の話をよく聞いておくれ、いいかい、これは今、司法の手に身をゆだねようとしているお前の哀れなパパの最後の言葉だ、私を信じておくれ、ニーナ、私の言うことに耳を傾けておくれ、お願いだから!(強く)ぼろ着姿のままでいるんだ、空腹に耐えるんだ、でも彼らと一緒にいてはいけないよ、金持ちと一緒にいてはいけないよ、一生のお願いだから! 分かるかい、そうしたことを考えると、私の気が狂ってしまうように思われるんだ。彼らと一緒にいてはいけないよ!

ニーナ (ほとんど音節ごとに区切りながら、弱く)いいえ、私は決心したんだわ、パパ、まさしく決心したんだわ!(ニーナが話をしている間、父は彼女を見つめる、最初は驚嘆とともに、やがて恐怖とともに。彼は最後には打ち負かされた状態になり、娘の言い分に屈服して、うなずきつつ同意する。ニーナは奇妙な口調を獲得している。彼女の声には、一切の絶望的な諦念がある)幻想を抱いてみたところで、どうにかなったりなどするものか! ほら、私は今、これまであなたにしたことがない仕方で話をしている。(表面的には平静に)しばらく前から、私は別の女の子になってしまっている感じがする、完全に違った子に! よく分からないが、心の代わりに石ころがあるような気がする! 私たちが永遠に別れる前に、あなたにはすべて言っておきたい。(増してゆく悲しみとともに)私の何が突然変わってしまったのか、分かる? 今では私は何も怖くない、どんなことを人に言われようと。あまりにも沢山、嘆きの種があったのだ!(我知れず、感動しながら)私はいい子だったわ、パパ、昔は本当にいい子だった!(間。)私が何者であるかを私に告げることなく私を育てることによって、あなたは間違った方向に進み始めてしまったのだ。(父が異議を唱えようとしているのを見て)続けさせて、すべてを思い出させて、私は胸中を打ち明けたい、自己を弁護したい! 覚えてる? 私はいつもお家に、近所の女の人のところにいた、あなたは遅くに私に会いに来て、いつも何かいいものを私に持ってきてくれた… あの頃、私は元気だった! 淑女のような扱いを受けていた!(甘美に)私は知らなかった、あなたが広場で働いていたことを、あなたがパンを食べずにいたことを、私に取っておくために! そしてあなたが病院に運ばれたとき、ある晴れた朝、近所の女の人が私を家から追い出したことを、あなたは覚えてる? 私はあなたに会いに行った。(間)あなたのベッドの隣には年老いた男の人がいた、あなたは私にキスをし、そして言った、「この人と一緒にいなさい!」私はその人のところにいた! 彼はリーコのパパだった!(間)私は二か月いた、仮設遊園地に、広場に、そうやって、ほかの人の手伝いをしながら、なぜなら私は踊れなかったから。そうしている内に、あなたは治り、私を迎えに来た! 私は二か月の後、もう私ではなくなっていた! リーコが私に魔法をかけたのだ!(情熱と熱狂とともに)神様! この男の人をどんなに愛していたことか! この地上でただ一人、私が愛した人、唯一無二の人!(声の調子を変え、とげとげしくなって)どうして一緒にいることができなかったのか?! どうして私も、他の多くの人たちのように、彼と結婚することができなかったのか?(苦痛とともに)どうして私たちは、だれの子供でもなかったのか? お金もなく、何もなく、あるのはただ悲惨さだけ!(間、痛ましく頭を振る、大きく見開かれた目を涙でいっぱいにしながら。すすり泣きながら話す)リーコは肺病で死んでしまった、彼の見世物小屋のテントの下で、外から人々を笑わすようにと声をかけられている内に! それから、起きてしまったのだ、起きてしまったことが!(再び調子を変えて、おろおろした声で話す、途切れ途切れに)ティーヴォリ! そして、またティーヴォリ! オルチェッロとアレーナ通り、そこで私はカルルーと出会った。(憎しみとともに)息もできないくらい私を抑圧した、あの最低最悪なろくでなし! 私は彼を憎んでいた、そう、あなたに誓うわ、パパ、彼を憎んでいた、それなのに、彼と一緒にいる必要が、彼を愛する必要があった! 獲物を追うような彼の目が私の顔に向けられるとき、私は恐れおののいた、彼が私をぶとうとして手をあげるときよりも! ある日、私は限界に達してしまった、もう我慢できなかった。私は空腹に耐えていたのだ、いつでも!(増してゆく苦しみとともに)いつでも! まさしくいつでも!(精一杯努力して微笑む。間。)おととい、私はモレットンを目にした、彼女は馬車の中にいた! 競馬に向かっていた!(皮肉とともに)まあ、彼女が馬車の中! もう我慢できなかった、そして、さあ、私はマルティーナのところに行った!(間。か細い声で、極めて弱く)明日の朝、彼女は私を一人の紳士に引き合わせてくれるのだ、エンジニアに、シルクハットをかぶった男の人に。彼は私に衣服を与えてくれるのだ、間違いなく! 私も行くのだ、淑女になるために、おいしい料理を食べるために、お酒を飲むために、そして安全な眠りにつくために!(ほとんど諦念とともに)どうにかなったりなどするものか、そのことならあなたも知っている、さらにはそれを目にし、そして身をもって体験している。(痛ましい悲しみとともに)私たち、貧しい人々は、この地上でわずかばかりの選択肢しか持っていない。もし私たちが善良であろうとするならば、必要になるのは、空腹に耐えることか、自殺することであり、そうでないならば、刑務所に入るか、することになる… 私がするようなことを! ほかに何ができるだろう? 何が? 私にそれを教えるがいい、あなたにできるものなら。お金持ちの人たちに沢山怒鳴り散らすがいい、ほかの多くの人たちのように、鎖を食べ続けるがいい! あなたたちはこれまで、あなたたちの分け前を手にすることができずにいた。あなたは娘のことを考えて、これほどまでに惨めでない人生を、彼女に用意すべきだったのだ。何があったのかって? 私は自分にできる仕方でやっていくことになったのだ!(活気づいて)私にもこの世界で自分の分け前を享受する権利がある。私はほかの人たちと同じだ、全く同じだ!(涙を流すまで感動しながら)そして、私の胸が詰まってしまったら、私の中で外に向かって爆発したがっているように思われる何かを再び感じたら、そのときは、私はお酒を飲み、すべてのおぞましい考えを追い払い、悪い女に戻るのだ!(泣きながら)心もなく、感情もなく。もうこれ以上はいらない、苦しむのはうんざりだ、こうした人生を過ごすのはうんざりだ!(強く泣く。)

(父と娘は衝動的に抱き合う。長い間。)

ジョヴァンナ (入場)すみませんが、遅くなりましたので!(去る。)

ペッポン さようなら、ニーナ、もう会うこともないだろう!(立ち去ろうとして、ニーナは右手に歩き出す、ペッポンは絞り出すような声で彼女に再び声をかける)ニーナ、ニーナ! こっちにおいで、私にキスをしておくれ!

(ニーナは再び彼の腕に飛び込む。ペッポンとニーナはキスし合う。しばらく泣きながら抱き合ったままでいる、そして離れる。ペッポンは舞台奥の出入り口から退出し、ニーナは右手から去る。
ゆっくりと幕が降りる。)


 いかがでしたでしょうか。ニーナの長台詞を、ベルトラッツィの指示に倣って「奇妙な口調」で翻訳してみましたが、その効果(=異化効果)を感じていただくことはできたでしょうか。

(持田 睦)
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2017年07月30日

本当に戦うことを知る人間の言葉

 ローザ・ルクセンブルクは、1918年11月18日の「赤旗」で発表した「名誉を保つための義務(Ehrenpflicht)」という新聞記事において、既存の刑罰システムを批判すべき理由を、以下の仕方で述べている。
Wurzeln doch Verbrechen wie Strafe stets in letzter Linie in den wirtschaftlichen Verhältnissen der Gesellschaft.
なにしろ、犯罪も処罰も、究極的にはいつでも、社会の経済状態に根ざしているのだから。
 ローザ・ルクセンブルクの言葉の、なんて力強いこと。

 これぞ、本当に戦うことを知る人間の言葉だと思う。

 今、世の中の多くの者が、既存の刑罰システムによって犯罪者とみなされることなく生きているのだとしても、それは彼らが道徳的に優れた人間であるからでは決してなく、ただ、既存の経済システムの中で小器用にふるまうことができているからに過ぎない。

 しかし、もし既存の経済システムが、大きな不正を含むシステムなのだとしたら…。

 もし既存の経済システムが、大きな不正を含むシステムなのだとしたら、そのシステムの中で上手く立ち回れず、既存の刑罰システムによって犯罪者とみなされることになった人間は、本当に邪悪な人間なのだろうか。

 もし既存の経済システムが、大きな不正を含むシステムなのだとしたら、そのシステムの中で上手く立ち回ることができている人間は、不正なシステムの維持に貢献していることにならないだろうか。

 もし既存の経済システムが、大きな不正を含むシステムなのだとしたら、僕たちがすべきことは、既存の経済システムからドロップアウトし、既存の刑罰システムによって犯罪者とみなされた人間の糾弾ではないだろう。

 と言うのも、既存の経済システムは、そのシステムからドロップアウトする人間を再生産することなしには回転することのできない、あまりに不正なシステムであるかもしれないからだ。

 僕たちがすべきこと。

 それは、既存の経済システムの革新ではないだろうか。
posted by Uoh! at 03:37| Comment(0) | 持田の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

〈哲学×デザイン〉プロジェクト5 「戦争の語り方」は、明日の日曜日の開催です!

 私がスピーカーとして出席する「〈哲学×デザイン〉プロジェクト5 「戦争の語り方」」が、いよいよ明日の日曜日、7月30日に開催されます!

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 事前登録制のイベントですので、参加をご予定されている方は、こちらから、ご登録くださいませ。

 どのようなイベントになるのか、私自身まったく予想がつきません…(予定調和のイベントでは決してないということです)。

 私の底の浅さが露わになることを恐れつつも、そのような機会だからこそ、見えてくるものや得られるものがあるのではないかと、ワクワクしています。

(持田 睦)
posted by Uoh! at 01:10| Comment(0) | 持田の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする