2017年06月25日

ユイレとストローブのインタビューの英訳が2本公開されていた

 「Senses of Cinema」にて、ユイレとストローブのインタビューの英訳が2本公開されていた(こちら)。

 一本は、ラジオ音源(こちら)のフランス語インタビューの英訳、もう一本は、「Filmcritica」のイタリア語インタビューの英訳で、フランス語とイタリア語がつたない僕には、あまりにも有り難い仕事だ。

 サリー・シャフトウ氏によって訳された、ラジオ音源のフランス語インタビューには、映画監督になる以前のストローブの活動や、ドイツ亡命時代のユイレとの貧しい暮らしが、赤裸々に語られていて興味深かった。

 また、以下のストローブの言葉は、彼らの映画の理解を深めるためには、必ず耳を傾けなければならない言葉だと思った。
What interests me is when I encounter a strong text that resists me and with which I have difficulty, to struggle with this text and to communicate afterwards in the form of a film the result of my work of reflection on this text because if I think that this text was strong and important for us, it should also be interesting and important for other people.
Films should help people become conscious a little more than they are, when they are already, or to become conscious when they’re not very conscious. And to become conscious, we must learn to use our eyes and ears – that’s where it begins because the soul, consciousness, doesn’t exist in a vacuum. It involves the senses.
 「Filmcritica」のイタリア語インタビューは、ユイレとストローブの『階級関係』を中心とするインタビューであるが、
We usually try to shoot films where you don’t get the impression that human beings are the center of universe.
や、
Nowadays film directors can’t see anything anymore; 90% of them are blind. They shoot movies where you’ve the impression of having seen so many things, but in reality, you can’t see a single thing. Before shooting a film, you need to intensely investigate locations and spaces. If you don’t do this work beforehand, maybe you can shoot, but after that, you won’t manage to see a single thing.
さらには、
In order to give the audience the idea you’re expressing something powerful, or strong, or sweet, all you have to do is use a soundtrack by Morricone. However, materialistically, there is nothing on the screen, in the frame, in the light, or in the characters, except for Morricone’s music. There’s a fraud, that’s all.
のようなストローブの言葉は、彼らの全映画を理解する上でも、重要な言葉だと思った。

 もちろん、『階級関係』の理解を深めるためのヒントとなる言葉も、彼らはたくさん口にしてくれているし、ストローブがスピルバーグ批判を展開する際、以下の仕方で成瀬巳喜男を高く評価していることを示しているのは、ちょっとした発見だった。
If he had watched just one Naruse film, he might have understood what space is, and how you can shape it in a film, and he wouldn’t shoot bad cartoons.
 最近、アメリカ経由でユイレとストローブの映画について学ぶことが増えている。

 貴重な情報が得られるのはありがたいけれど、彼らに大きくリードを広げられているような気がして、悔しくもある。

 ユイレとストローブのインタビューがもっと、日本語で読めるようになると良いのだけれど…(上記の英語の箇所はいずれ日本語に直せたらと思っています)。

(持田 睦)
posted by Uoh! at 04:36| Comment(0) | ユイレとストローブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

排除の歌

排除するものが排除するのはそもそも
排除するものが排除されているからだ。
排除するものが排除されているかぎり
排除するものは排除することをやめず、
排除するものと排除されているものが
排除を知らない世界を知ることもない。
posted by Uoh! at 16:57| Comment(0) | 愛国詩集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アイコクシャノヒトリゴトデス

パヨクハネトウヨヲヒキウケロ
ネトウヨハパヨクヲヒキウケロ
オレタチドウジダイヲイキテル
ナカマジャナイカ、ソウダロ?
posted by Uoh! at 01:56| Comment(0) | 愛国詩集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする